というのでどうにも音楽の中身が気になりだした私はラモーのガボットを解剖せんと試みたわけですが、ちょっと眺めてみてもさっぱりわからなかった。
当時の私の音楽の知識は一応眺めた楽典と、その他雑多に読んだ作曲家の伝記やらなにやらで得た知識で出来ていて、それでもって応戦しようとしたが、見事返り討ちにあったのであります。
和声学に触れる
音楽と云うのはこちらから近寄らなければ、静かにしているが、ちょっとでも手を出すと途端に暴狂うもので、
少し仲良くしようとして近づくと、
おとなしそうでかわいらしい犬を撫でようとして突然噛まれたときのような相愕然とした喪失感を味わうことになるわけであります。
しかしまあラモーの曲をやり始めて和声のことがいよいよ気になりだしたというのはちょっと面白いことかもしれません。
というのもラモーと云うのは和声と云うものを初めて理論的にまとめた人だからであります。
どうにもわからなかった私は、レッスン中バイオリンの先生にも、ピアノの先生にもとにかく聴いた。一々事細かに疑問をぶつけられた先生方はさぞお困りになられたことでしょう・・・
そのうちにピアノの先生が
和声をならったらどうか
と仰ってくれまして、私はめでたく音楽を飼いならしている人に飼いならし方を教わることになったわけであります。
和声のレッスン
そうして私は先生と同窓の作曲家の先生を紹介してもらい、和声をならうことになりました。
和声のレッスンとはどんなことをするか簡単に説明しますと、
まず
1.予備知識として調、音階、和音等の知識を身につけます。
調についてはこのブログでも簡単に説明しましたが、もっと細かいややこしいことが色々とあってそれを正確に覚えねばなりませんが、これらのことは普段少し気にすれば、自然と身に付きます。
2.和音と和音の結びつき方について学びます。
これが和声の本題です。
私が習ったのは、だいたいバッハから古典までの和声で、一般に和声を習うと云えば同じ範囲をさします。
結びつき方とともに”禁則”を覚えねばなりません。他の人の話をきいておりますと、正則と禁則を覚えることに耐えられないという方が多いようですが、というのも禁則がどうして禁則なのか理解しがたいというのがあるようです。
ここで云う禁則は古典和声で云う禁則ですから、現代の音楽、ロックやらなにやらでは禁則でないということはもちろんありうるわけです。
ただし、古典の理論と云うのは、そうあるべき理由があって、昔のものだからと云って無思慮に捨てて終えるようなものでないとは思います。
3.実習する
覚えた規則をもとに与えられた課題をときます。
課題にはバス課題とソプラノ課題と云うのがあって、
バス課題では与えられたバスをもとに四声体を完成させます。
四声体というのはソプラノ、アルト、テノール、バスのことです。
ソプラノ課題はソプラノをもとにします。
解いた課題は先生にみてもらいます。
そして誤りや、良くないところがないか点検してもらうわけです。
ここで重要なのは”誤り”と”良くない”が同じでないところです。
間違ってはいないが、良くないということがありうるわけであります。
その後は2と3を延々と繰り返して和声のもろもろを習得していくわけであります。
こうしてその後数年かけて、和声の初歩を習得しました。
まあそれなりの苦労はしましたが、それに見合うだけの収穫はありました。
ラモーのガボットだってどこがどうなっているかわかるようになったわけです。
和声のレッスンでは和声の他にも音楽に関わる色々なことを学びましたが、それはまた別の機会に書きます。
音楽の理解のために
こういう知識を身につけるためにはそれ相応の覚悟が各おのに必要で、おそらくなかなか達成できるものではありません。
しかし、音楽を本当に楽しもうと思ったら、やはり自ら積極的に音楽に関わっていく必要があると思われます。
このブログではそう云う知識をなるべく前面に出さぬように、しかしなんとなく知られるように、つまり音楽の知識習得への足がかりになるように書いているつもりなわけです。興味をもって少しでも聴いてみよう、とか勉強してみようと思われた方々は是非実践してみてください。
このブログで紹介しているCDやら、書籍はおよそ定評あるものを紹介しているので、参考にしてみてください。
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